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名古屋高等裁判所 昭和59年(ラ)60号 決定 1984年6月04日

抗告人

笹木賢吾

右代理人

八代紀彦

佐伯照道

西垣立也

天野勝介

辰野久夫

相手方

豊住義和

主文

原決定を取り消す。

本件を津地方裁判所上野支部に差し戻す。

理由

一抗告代理人は「原決定を取り消す。相手方は抗告人に対し原決定別紙物件目録記載の不動産を引き渡せ。」との裁判を求め、その理由として、別紙「抗告の理由」記載のとおり主張した。

二そこで判断するに、

1  本件記録によれば、原裁判所は、債権者大正海上火炎保険株式会社が、昭和五三年一〇月二六日設定登記され、昭和五七年一〇月七日移転登記された抵当権に基づき、債務者百田浩所有の原決定別紙物件目録記載の各不動産(以下本件不動産という)に対してなした不動産競売申立事件について、同年一一月五日不動産競売開始決定をし、同月八日本件不動産について差押えの登記がなされたこと、そこで抗告人は、昭和五八年一二月二日より同月九日までの間に実施された期間入札において、本件不動産を金九〇〇万円で買い受ける旨の最高価買受人の申出をしたので、同月二三日売却許可決定を受け、右決定はその後確定し、売却による所有権移転登記も得たこと、一方、相手方は昭和五五年一二月一七日百田より本件不動産を金一八五四万一五九六円で買い受けて、即日その引渡しを受け、それ以後本件不動産を占有しているが、所有権移転登記は取得していないこと、以上の事実を認めることができる。

2  右認定事実によると、相手方の本件不動産に対する占有権原は、本件不動産をその所有者である百田より買い受けたことによる所有権ということになるところ、右所有権の取得は、その旨の所有権移転登記のされていない上、現在では抗告人が売却による所有権移転登記を取得しているのであるから、相手方としては本件不動産の所有権を有効に取得するに由なく、たとえ相手方と百田との間の売買契約が有効であるとしても、所有権は対世的権利であるから、同人に対する関係でのみ所有権を主張しうるということもありえない。それ故、相手方の本件不動産に対する占有は、当初に遡り何人に対しても所有権という権原に基づくものでないことに帰したものというべきである。

3  そうすると、相手方が所有者である百田との関係で占有権原のあることを理由に本件不動産引渡命令の申立を却下した原決定は不当であるから、これを取り消すこととし、民事執行法一八八条、八三条三項に定める審尋の手続を履践した上、相手方が留置権を有する等なお本件申立を拒みうる事由が存するか否かにつき審理を尽させるため、本件を原裁判所に差し戻すこととする。

よつて、主文のとおり決定する。

(山田義光 井上孝一 喜多村治雄)

抗告の理由

1 抗告人は津地方裁判所上野支部昭和五七年(ケ)第一〇六号不動産競売申立事件において、別紙物件目録記載の不動産(以下、本件不動産という)を買い受け、昭和五九年二月一〇日代金を納付した。

2 しかるに本件不動産には相手方豊住義和が居住し、これを占有しており、同人は、「事件の記録上差押えの効力の発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」であるので、抗告人は昭和五九年二月二八日津地方裁判所上野支部に相手方に対する本件不動産の引渡命令の申立をなした。

3 ところが、津地方裁判所上野支部は、昭和五九年四月九日に民事執行法八三条にいう「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」における「権原」とは、所有者に対する占有権原であり、相手方はこの占有権原を有する者であるから、引渡命令の相手方となしえないとの理由により前記引渡命令の申立を却下した。

4 しかし、民事執行法八三条にいう「事件の記録上差押えの効力発生前から権原により占有している者でないと認められる不動産の占有者」という場合の「権原」とは所有者に対する権原では足りず、買受人に対抗できる権原であることを要するものと解すべきであつて、相手方のように買受人に所有権取得を対抗できない占有者に対しても、同条による引渡命令が発せられるべきである。もしこのような占有者を引渡命令の対象外とし、抗告人には本訴による明渡請求しか方策がないとすれば、本訴による解決には日時を要することから、翻つて一般素人は不安感から買受を避けるようになり、ますます不動産競売は困難にかつ売却価格は低額になり、結局、容易に競売妨害目的を達しうることになる。かくては、買受人が容易に売却物件の引渡を受けられることを確保して適正妥当な額での換価を図ろうとする民事執行法の精神は没却される結果となる。

とくに現況調査報告書の記載にもあるように、原裁判所の競売事件には、本件と同種の、株式会社伊賀文と相手方間の債務の肩替わり的な売買契約が数件併行して存在する事情に照らして、相手方の妨害目的は明瞭である。

よつて抗告の趣旨記載の裁判を求める。

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